読書日記(2008年)

斜影はるかな国 逢坂 剛 ☺☺☺   

スペイン遊学中の花形理絵は殺人事件を目撃する、というか巻き込まれる。酔った同僚に強引に物陰に引きずり込まれてしまい、その同僚は殺し屋風の男に刺殺されてしまう。日本からスペイン内戦時の日本人義勇兵の話題をルポしに来た龍門二郎が主人公、かれは理絵とは知り合いの通信社記者。そしてフリーグルメライターで取材をしにスペインにやって来ていた、龍門のこちらも友人の冠木千夏子、日本人ギタリストの風間新平、殺人事件の捜査に従事する治安警備隊のクレメンテ少佐と国家警察のバルボンティン刑事、謎の殺し屋マタロン、龍門の関連会社の現地法人所長新宅春樹などが登場人物。スペイン内戦時のエピソードやソ連のスパイの話なども絡めて読者をなんとしても惹きつけたいという作者の気持ちが伝わってくるが、今読んでみるとなにか古めかしい手法 を感じる。これは男女関係の表現が古めかしいためだと思った。昭和40年代の男女関係はこのようなものだったのかもしれないが、今の読者にどう写るのだろうか。しかし読み物としては、執念深い不死身の殺し屋がいて、血縁関係が突然判明して、展開が早くどんでん返しもあってと、サスペンスとハードボイルドとでも表現すべきか 、よき昭和時代の冒険小説。

シエラザード 浅田次郎 ☺☺☺☺  

第二次世界大戦中の昭和20年4月、国産の豪華客船弥勒丸は安導券を有した緑十字船として艤装、シンガポールから北上していた。本来沈むはずのない弥勒丸は途中の台湾沖で米軍潜水艦の魚雷により撃沈。 それから数十年後、台湾人・宋英明に弥勒丸引き上げの話を持ちかけられた町金融の社長・軽部順一。かつての恋人だった新聞記者・久光律子と共に話の裏付けを取り始める現在のストーリーがある。同時に並行して語られるのが、ナホトカで国際赤十字の依頼による連合国軍捕虜宛ての救援物資を積み込む弥勒丸から始まる昭和20年のストーリー。物語は阿波丸事件を元に組み立てられるが、太平洋戦争における大日本帝国陸軍と海軍の思惑を下士官の視点から描写、米海軍の思惑も描いている。また、現代においては恋人に捨てられて数年後に再会、行動を共にすることで、戦時の女性と現代の女性の違いを描いている。浅田次郎なのでうまくて当たり前だが、読んでいて終わらないでほしい、と思える面白さである。浅田ファンならずともお勧め。

閉鎖病棟 帚木 蓬生 ☺☺☺☺  

舞台は精神病院、ここにいる人々の多くは身内から厄介者扱いされ、今までの生活から引き離された人。この病院での様子を患者の視点から描いています。後で物語に登場する人のエピソードを紹介、耳が聞こえないため喋る事が出来ない昭八ちゃんは家に火をつけ村から逃げ出した過去がある。昭八ちゃんの「ゲッゲゲゲ」という言葉とそれにあわせたパントマイムを理解するチュウさん。チュウさんは声が頭に響き渡って部屋中を歩き回ったりする。チュウさんと仲のいい秀丸さん、母親を殺し死刑を執行されたが息を吹き返し、死刑は一人につき一度。お前は既に死んだ、戸籍はないと刑務所を出所した。その病院に通院している中三の島崎さん。チュウさんや秀丸さんと仲がよく、病院内のろくろ室で時間を過ごす。とても暴力的で恐ろしがられている重宗、元暴力団員で小指がなく、裁判で精神鑑定が必要だと精神病棟に入院、すぐ暴れ大声を出す。舞台は病院へと移って朝の風景が始まる。朝5時半から響きわたる勤行、ベルが鳴るや否やモップ片手に水掛けを始める男性、薬の副作用で首が捻れた人、蛇口の端から順に水を飲んでいく女性。物語としてはチュウさん脚本の演劇があり、重宗の起こした事件、それを昭八ちゃんが見つけ、急いでチュウさんの所に助けに走り、秀丸さんが動く。そしてチュウさんは退院する。物語を通して作者は優しい筆致で患者目線で描写する。決して明るい話題ばかりではないが、優しい気持ちにさせられるおすすめの一冊。

セカンドウインド 川西 蘭 ☺☺☺   

自転車乗りにはお薦めの青春小説。主人公溝口洋は、自転車に風の中に勝手気ままに乗ることを好む少年。中3前のある日、峠道で揃いのウェアに身を包んだロードバイクの一団と出会う。スピードを上げ遠ざかる彼らのを見ながら負けたくないと思った。青春スポーツ小説ですね、続編期待。

暗礁 黒川 博行 ☺☺☺ 

建設コンサルタントの二宮のところに、疫病神である二蝶会のヤクザ桑原から「麻雀をしろ」の一言。麻雀では東西急便のふたりが奈良県警交通部の幹部に負けて金を渡すのが目的の麻雀。金になると考えた桑原は気の弱い二宮に代打ちをするよう電話してきた。二宮は金に釣られて出かけて行った。

贈収賄事件の内偵をしていた警察に引っかかり、二宮は刑事の訪問を受けて逮捕されるかもしれないと肝を冷やしている。そんな事はお構いなしの桑原は、二宮に命じて東西急便を調べさせているうちに、ヤクザの罠に嵌められ放火犯の容疑者になってしまう。放火の真犯人を追おうと二宮と桑原は、暴対課の刑事中川から情報を買うことに。浮上したのが、花鍛冶組とそのバックにいる東和桜花連合の大幹部、そして東西急便と奈良県警の癒着、裏金の存在。桑原と刑事でマル暴担当の中川は、シノギになると踏むが、二宮は放火の真相を知る男として、ヤクザから狙われる対象となった。

いつものような展開ですが、やはり警察の腐敗を描写、それを桑原と二宮が味付けしている。黒川ファンなら言われなくても読みたい一冊。

脳男 首藤瓜於  ☺☺☺ 

中部地方の愛宕町で起こった連続爆破事件、4回にも及び、死傷者も多数。現場の指揮をとる190cmの警察官茶屋は、緑川という男に絞って監視体制を続けていた。そして突き止めた爆弾製造工場である倉庫に踏み込む。そこにいたのはもみ合う二人の姿。緑川と、彼と格闘していた男に遭遇。緑川には逃げられてしまったが、相手の男鈴木一郎を捕らえることに成功。 鈴木一郎は、新たな爆弾の設置場所を供述し、そこで警察は爆弾を発見する。しかし、市内で小さな新聞社を経営していた鈴木の戸籍は他人のもの、過去の経歴が不明、茶屋は鈴木が緑川を助けたとしか思えなかった。半年の拘留の後、鈴木一郎は、精神鑑定を受ける。その鑑定を請け負ったのが愛宕医療センターの精神科医鷲谷真梨子。彼は一体何ものなのか。鈴木は感情が無く、言葉を論理的に理解する力のみで生きている男であること、また、感情が無いハンディキャップを埋める特殊な能力を持っていることがわかる。茶屋刑事と鷲谷は、鈴木の過去を調べ始める。そして彼の過去を知る一端を求めて東京へ行く真理子。すぐれた認識力を持っているのに、指示を外から与えなければ、行動を起こさないでコンピュータか、ロボットに似た存在だった。こんな男が、いかに自我を確立させて、生きるようになったのか。精神科医藍澤に話を聞き、追い立てられるように、山に登り、登山家の伊能に会いに行く。感情表出障害、しかしもしそうであれば、現在の彼が、普通に見えて普通以上の筋肉と反射神経と言語を持ったのはなぜなのか。後半では、緑川と、茶屋、鷲谷、鈴木が闘うことになる。それにより、鈴木は超人的な能力を発揮する。非常に興味深くおもしろい題材、続編も出ているのでそちらにも期待したい。

黄昏のベルリン 連城 三紀彦  ☺☺☺

出だしはリオデジャネイロ、ドイツ煙草を喫う青い瞳の男は、自分を“ハンス”と呼んだ娼婦を殺害する。ニューヨーク、バカンスに出発する友人を空港で見送ったユダヤ人青年は、友人の真の目的地を探る。東ベルリン、若者が、愛する女性に再会するために、検問所を突破して“西”へ脱出しようとする。パリ、リオデジャネイロからの電話を受けた女性は、四十数年前の昔を思い出す。東京、恋人の圭子を待っている画家・青木優二の前に現れたのは、圭子の友人というベルリンからの留学生・エルザ。驚くべき秘密を口にした彼女に誘われ、青木は謀略渦巻くヨーロッパへと旅立つ。青木は圭子からドイツ人の女性を紹介される。彼女は青木に好意を持ち、二人は結ばれる。この裏に、ドイツ史を揺るがす大きな秘密があろうとは当の青木すら思ってもいないことだった。青木の出生にはふしぎなものがあり、今まで聞いていた自分の生まれた頃の話も不審なところがあったのだ。青木はドイツに渡り、本当の母親に会いに行く。面白いと思える小説、一読をおすすめする。

沖縄文化論 岡本太郎   ☺☺☺

岡本太郎が感じた沖縄は何だったのか、何もない眩暈、いまでもそれは事実。沖縄フリークには薦めたい一冊。

沖縄・先島への道 司馬遼太郎  ☺☺

須田画伯に誘われて与那国島に行った旅。司馬遼太郎のエッセーには戦時体験、とくに軍隊体験がよく書かれている。今回取材地が沖縄ということもあり、こうした戦争体験が綴られている箇所がある。南波照間島という伝説の島にちなんで、中世の熊野の浜から、櫓のない小舟に身を横たえて海に乗り出した。戦前の首里はとても美しかったそうだ。もし首里の街が戦前のままそっくり残っていたら、沖縄は京都、奈良、日光と肩をならべるという陶匠の言葉も引用している。守礼の門、首里の神霊の鎮まる園比屋武御岳、観会門、漏刻門といった城門、竜宮城をおもわせる百浦添御殿、庭園としての識名園、円覚寺の庭。十五・六世紀の漢文文献での日本人の評判は極めて悪いという。一方琉球の評価は高い。ヨーロッパ感覚でなく、アジア人の共通感覚からすると日本人は中世末期から異質でいやらしく、南蛮商人と同様の狡猾さだった。日本は農業国家だったというイメージがある。教育のせいだが、考えてみれば周囲は海に囲まれている国である。これも沖縄に関心がある人には一読をお勧めする。

チーム・バチスタの栄光 海堂尊  ☺☺ ☺☺

東城大学医学部付属病院は、米国の心臓専門病院から心臓移植の権威、桐生恭一を臓器制御外科助教授として招聘した。彼が構築した外科チームは、心臓移植の代替手術であるバチスタ手術の専門の、通称“チーム・バチスタ”として、成功率100% として勇名を轟かせている。肥大心臓を切り取り小さく作り直す、技術は難しくリスクも高いバチスタ手術。臓器外科のエース桐生はバチスタの権威、しかし最近三 手術立て続けに失敗。原因不明の術中死とメディアの注目に危機感を抱いた病院長高階は、神経内科教室の万年講師で、不定愁訴外来責任者田口に内部調査を依頼。壊滅寸前の大学病院の現状。医療現場の危機的状況。そしてチーム・バチスタ 内メンバー同士の相克。医療過誤か、殺人か。手術者や看護師など多くの目で監視されている中でどのようにしくまれていたのか。 ミステリー小説として上出来の一冊、 映画化もされたサスペンス、おすすめします。

大相撲の経済学 中島隆信 ☺☺

相撲を巡っての報道が続きますが、なぜなんだろうと思うしきたりや、皆さん疑問に思わないのか、という文化が相撲界にはあると思います。

本書を読んでよく分かりました。相撲というのは、横綱に絶対的な権威を置く社会であること、相撲社会全体のしくみは、独特の文化で経済も運営されているということ。ある程度の貢献をしている力士には、日本的な終身雇用、年功序列賃金制度が用意されています。給料や年寄株のお金の話だけでなく、力士の体脂肪率や、さまざまな歴史などわかりやすく、興味深く読めます。相撲には裏社会との関係もあると思いますが、それについては触れていません。触れられなかったのでしょう。この本を読むと、相撲社会が村社会であること、部屋の集合体であっても、全体が大きな伝統に支えられた独立系経済システムを持っていることが分かります。

ブルータワー 石田 衣良 ☺☺

瀬野周司は膠芽腫という脳のガンを患って死に瀕していた。余命は1、2ヶ月。体をむしばむ悪性腫瘍は脳の運動野の周辺を冒しているため外科的な手術は絶望的、治療のために頭髪は薄くなっている。腫瘍は周司に苦痛とフラッシュバックを生んでいた。ある日もいつもの頭痛が始まった。尋常ではない頭痛を感じたと思ったら、いつのまにか彼は、見慣れない景色の中にいた。その中で自分は、車椅子にも乗っていない。どこだかわからないその世界の中にしばらくいるうちに、状況が徐々に理解されてきた。高いところから下を見下ろしているらしい。周司はそこが未来の日本であることを知る。そこでは彼はセノ・シューと呼ばれ、青の塔と呼ばれる高さ2キロの超高層建築物が国家を形成、上層階であればあるほど階級が高くなるという、貧富の差が激しい世界であった。黄魔という、インフルエンザウイルスを遺伝子改変した悪魔のような生物兵器のために、地上に人間が住むことが容易ではなくなった世界。高さ2Kmと大きい建物であっても収容人数は限られてくる。

世界は悪夢としか思えない選別の後、晴れ渡った氷河期をやり過ごそうとしていた。勿論塔の外で生活している者も居ないわけではない、塔の階層毎にカースト制度が敷かれていて、人々は抑圧されている。青の塔では階層格差をなくす方向に議会が動いていたが、事態は逼迫している。テロ集団が自爆テロを起したり、武力衝突も珍しくない。その世界の中で周司は、さまざまな事件に巻き込まれながら、200年後の未来の世界を救おうと奔走する。時折の頭痛で意識だけ現在と未来とを行き来する生活の中で周司は、どうせ死の迫った人生、やってやろうではないかと意気込む。

石田衣良、テレビのコメンテータとして知らなかったが、始めて読んでみた。読みやすいが薄っぺらい。登場人物のネーミングも品がない。インフルエンザをテーマにしたSFというキャッチに惹かれまた人にも勧められたので読んでみたが、石田さん、もうしばらくは読みません。
 

パンツの面目ふんどしの沽券 米原万里 ☺☺☺☺

始まりはロシアの展覧会「身体の記憶−ソビエト時代の下着」展。読者はソビエト女性にとってパンツがどんな存在だったかを知ることができます。米原さん少女時代の思い出へと話は移り、ソ連の家庭科で生徒が最初に縫うのはパンツ。実際米原さんのプラハの学友は、すいすいパンツを縫ってみせたとか。直線縫いで簡単に出来る雑巾ではなくて、なぜ立体的で難しいパンツの縫製を教えるのか、米原さんも不思議に思っていたのだけれど、展覧会を通して、ソ連ではパンツが入手しにくかったということが分かってきます。「四〇年来の謎」

ロシア人の男はトイレで「大」をしたあと紙で拭きもしない、彼らがそもそもパンツをはいておらず、シャツの裾を下着代わりにして股間を覆っていることなどなど、資料から検証しています。「ルパシカの黄ばんだ下端」

米原さんが通っていたミッション系幼稚園で、キリストが着ているのはパンツか、と先生を困らせ、アダムとイブのイチジクの葉っぱは何故落ちないのかを解明するために、イチジクの葉っぱで実験。翌朝幼稚園に着くと、タケウチ君のお父さんが幼稚園に怒鳴り込んできたのだ。イチジクの葉を持ち帰ったタケウチ君は局部に直接セメダインを塗り込んでしまったらしい。「イエス・キリストのパンツ」

米原さんがフンドシに愛着を持っているのは、お父さんがフンドシの愛用者だった影響が大きいようで、日本固有の価値や拠り所を見直してやる、と意気込んでの連載だったようです。まあ、一般には下ネタですが、ソ連・ロシア通の面目躍如、好奇心のままに下半身に装着するモノが語られます。

ふんどしブームで、ちょっと私もと思っている女性がいたら、まずこれを読んでみたら、と思います。

ラッシュライフ 伊坂幸太郎  ☺

本の表紙にもなっているのですが、不思議な絵があって水は上から下に流れるはずなのに、絵の中では上から下、下から上に循環している、そのようなお話です。前後関係をきちんと把握しないと話はクリアにならない。大金持ちで、「この世に金で買えない物はない」と言い切る画商の戸田と、いやいやながら戸田と行動を共にする若手の画家志奈子。「空き巣のプロ」を自認するプライド高き泥棒の黒沢。父親の自殺を契機に、ある団体の「信者」となった絵の得意な河原崎と、幹部格の塚本。お互いの配偶者の殺害計画を企てる精神カウンセラー京子と、サッカー選手の青山。会社でリストラされ、40社連続不採用という憂き目にあっている中年失業者の豊田。泥棒を生業とする黒沢はカモを物色する。父に自殺された河原崎は神に憧れる。女性カウンセラー京子は不倫相手との再婚を企む。職を失い家族に見捨てられた豊田は野良犬を拾う。

バラバラ事件を題材にした人物描写、うまいという人もおるかもしれませんが、私は好きじゃあないなあ、この人好き嫌いがある。

国境 黒川博行 ☺☺☺☺

「疫病神」の続編、極道の桑原は、二宮の「疫病神」、舞台は北朝鮮。詐欺師が北朝鮮に逃込んだために、桑原と二宮のコンビが国境を越えて北朝鮮に密入国する。このような危険な状況でも異彩を放つ極道の桑原。口では二宮を罵りながら、二宮を助け、詐欺師を追い詰めてゆく。主人公は桑原である。黒川博行は、北朝鮮という不可思議な国家と、極道でありながらやくざの主流とはならないだろう桑原をおもしろく、しかしうまい筆致で描いている。

沖縄なんくる日記 仲村 清司  ☺☺☺

大阪出身の著者が沖縄に移住して苦労するが楽しい毎日を送っているという移住本。おもしろく読めるが、私が着目するのはその中に混じっている情報。名字の話。著者の名字は仲村。

沖縄の姓はほとんどが地名からきていて、昔はあちこちに中の字を使った地名があったらしい。ところが、17世紀の後期、第二尚氏・尚益の世子・尚貞が中頭中城間切を世襲し、中城王子を称するのにともなって、姓や村名に「中」の字を使用することが禁止されたのだそうだ。「中は高貴な字であるからして、王家以外の者が使ったらイカン」という布令を出した。これによって、浦添の中間は仲間、沖縄市の中宗根は仲宗根といった具合に改称させられた。沖縄に「仲」が多いのはお上の布令でそうなった。

沖縄にはおよそ1500種類の姓があるといわれているのだが、そのほとんどが内地にない異国風の珍しい姓ばかりで、真栄田・真栄里・仲宗根のように3文字の姓が際立って多いのが特徴。一説には沖縄の姓の半数近くを3文字姓が占めているといわれる。なぜこうした姓が生まれにいたったかというと、薩摩藩の琉球統治政策と深く関係しているらしい。琉球が薩摩藩の侵攻によってその属国になるのは1609年。それ以降、薩摩藩は「異国」を従えていることを権威づけるために、琉球が外国であることを演出するさまざまな政策を遂行する。手始めに服装や髪型を異国風に装わせ、1624年になると今度はさらに「大和めきたる名字」の使用禁止を令達する。これによって、たとえば東という姓は「比嘉・比謝」に、福山が「譜久山」、船越は「富名腰」と表記変えされ、3文字姓が増えた。沖縄の元々の姓は日本のそれに近いものだったかもしれず、沖縄の歴史家・真境名安興は、沖縄の姓は日本の姓に近かったのに、薩摩藩の政策によって「異国的」なものに改称させられたという論文を発表している。

こうした話は沖縄県の歴史にも触れられていなかった重要な史実ではないか。

蒼煌 黒川博行 ☺☺☺

芸術院会員をめぐる会員選挙を通じて、日本画壇の身も蓋もない現実があらわにされている。京都画壇の日本画家の室生晃人と稲山健児がライバル。前回の選挙に敗れた室生は、名誉と地位を手に入れるため画商の殿村に策略を巡らし当選を頼み込む。白い巨塔でも似たような状況があったような。画の世界には画壇内の出世ランキングがあり、入選し、特選を受賞し、芸術院会員に成り、文化勲章を受章するといった明確なステップが明確になっている。この辺は政治家の当選3回組で副大臣、5回で大臣候補というのと同じですな。必然的に上のステップを目指して賄賂が繰り返されることになる。本書では芸術院会員という大臣ポストに匹敵する重要なポストをめぐって年取った画家が繰り広げる熾烈な運動を中心にストーリー展開。誰も死なないし、怪我もしないのでこのお話は好きです。

シモネッタのデカメロン 田丸公美子 ☺☺☺☺

経済が不況になると一気に消極的になる日本の経営者に読ませたい。イタリヤ人のセリフが紹介されている。1991年以降のバブル崩壊の折、意気消沈する日本人を見て、イタリア人はみなあきれたものだ。「失業率と金利が一桁で、経常収支が黒字の国が、なんでこんなに大騒ぎするんだ。俺たちは貸し出し金利20パーセント、失業率12パーセントの国で商売し、人生を謳歌している。為政者が次々と替わる国に生きてきた俺たちは打たれ強いんだ。日本人はまだまだだな」

50歳代で亡くなった親友、米原さんを偲ぶ逸話にはちょっと心を引かれる。「米原:通訳には客と同じメニューを出すべきだ。通訳に食べさせない仕事はすぐ断る」団体旅行のツアーコンダクターをしていたことがあるのだが、客のしもべとなり、楽しく旅行していただけるよう細やかな心配りが必要とさっるこの仕事を彼女がどうこなしていたのか私は、常々いぶかっていた。米原:ロビーで昔のツアー客に「覚えてらっしゃいますか」と聞かれ、にべもなく「いいえ」と応える。田丸さんが母親のように「その節はいろいろお世話になりまして」「そういえば、万里さん、店でヘレンドの食器フルセットを買われて、私たちずいぶん待たされたあげく、一人で持てない量だったのでみんなで分けて運んでさしあげたんですよね」 万里さんの方は「ああ、そうでしたね」と、悪びれもせずににこにこ笑っている。文字通りの主客転倒。「万里さんによく怒られましたわ。感動するときに使う形容詞の種類が余りに貧弱だって。」と楽しそうに思い出にふけっているのだ。単なる身の程知らずか、いや大物ならではの人徳か、女帝エッ勝手リーナの面目躍如。

米原:同国人でないから後腐れがない。異国の人だけど、言葉は100%通じる。身近にいて、一緒に食事をしたり買い物をしたり、とにかく日常生活の面倒を見てくれて、通訳するためなんだけど、自分のことを懸命に理解しようとしている。これほど、身の下話を打ち明けるのに理想的な相手はいないものね。でもね、私はいろんなロシア人の通訳をしてきて小咄(こばなし)という形で男女の話はタップリ聞かされたけど、自分の体験をこんなに話してくれた人は一人もいない。ところが、田丸は吸取紙みたいに次々にイタリア男たちのエロス体験を聞き出してるんだよね。

読んでおもしろくためになる本、滅多にありませんよ。

ペトロバグ 高嶋 哲夫 ☺☺

民間研究所に勤務する科学者山之内明は、遺伝子操作により、石油を生成する細菌を作り上げた。毒素の強いこの細菌ペトロバグを無毒化して、石油に代わるエネルギーとして利用できないか、と研究を続ける山之内を、石油価格低下を望まない人々等が妨害する。
世界では石油代替エネルギー開発が進められていますが、どうにか役立てられないか、と主人公である山之内は研究に没頭。この細菌は、感染した物を石油に替えてしまうという特性を持っている。空気感染はないが、傷口等から体内に感染するとものすごい勢いで脳が浸食され、体が石油になってしまう。山之内は安心して使えるエネルギー源になるよう、研究を重ねてこの細菌を無毒化したかったのだが、のんびり研究をさせておくほど世間は甘くない。OPEC、米軍、アメリカの研究機関等、その研究には多くが注目していた。エネルギー問題だけにとどまらず、環境問題、政治問題へと波及していくところが現実的。しかし後半、研究所の研究者がチンピラのような殺し屋との戦いというストーリーに終始していて安っぽい。

天空への回廊 笹本 稜平 ☺☺☺☺

日本人の一流登山家郷司が、チベット側の北稜ルートからエベレスト冬季無酸素単独登頂を果たしたその日、巨大な火の玉が北西壁に墜落するのを目撃、アメリカの宇宙衛星がエベレストに激突し、大なだれが発生。墜落したのはなんとプルトニウムを積んだ米国の軍事衛星であった、と言う話を聞く。郷司は、衛星回収のための米国のプロジェクト<天空への回廊作戦>に参加し、マルクの救助に向かう。物語はどんどんと別の方向へと流れて行く。マルクが発見され口走る「ブラックフット」、その「ブラックフット」の正体。郷司は作中の殆どを過酷な山の中で過ごす。ちょっとしたことが命取りになる8000M級の山、そこで繰り広げられる事件。郷司を中心にした人たちとの心のつながりなどを描いている。第3次世界大戦にも発展しそうな、アメリカの特大級のミスを巡って、中国政府、チベットやミャンマーのテロリストと、様々な組織が入り乱れて核の脅威を回避すべく、超人的な働きをする主人公。単なる追跡劇では終わらないクライマックス。吹きすさぶジェットストリーム。まさにその臨場感が溢れてくるような描写。逆転、また逆転。非常に読み応えのある一冊である。
 

M8 高嶋 哲夫  ☺☺


瀬戸口誠治、28歳、大学の理学部地球物理学科大学院のポスドク。高校時代に阪神・淡路大震災で親兄弟を亡くした震災孤児で、現在は地震予知を専門とする。コンピュータ・シミュレーションによると、1ヵ月以内に東京直下でマグニチュード8クラスの巨大地震が起こることを示していた。この危機を何とかしたいと思う瀬戸口だが、同僚の研究者も教授も、同じく親兄弟を亡くした高校時代の同級生亜紀子、自衛隊員松浦も本気で取り合わない。

瀬戸口は1人の男と偶然出会う。それは、瀬戸口のシミュレーションの基となる理論と公式を構築したかつての地震学の世界的権威でありながら、阪神・淡路大震災を予知することができず、震災後袋叩きに合い、神戸大学教授の地位を追われ、失踪していた遠山であった。遠山の協力の下、精密なシミュレーションを続ける瀬戸口、その精度が上がる度にXデイは現在時点に近付き、あと3日以内にほぼ100%の確率で東京直下型大地震の発生することが判明する。

あらゆるルートを使って、この「事実」を政府や東京都に伝えようとする瀬戸口と遠山。遂には東京都知事が動く。阪神大震災を経験した彼らはどう立ち向かうのか。著者自身が阪神大震災を経験しているので地震の怖さと地震が住民達に与える影響など説得力ある描写をしている。東京直下型、東海、東南海、南海地震は30年以内に80%の確率で起こると言われている。国には頼れない部分も多い、個人でも企業も備えはしっかりしておきたい。
 

閃光 永瀬隼介 ☺☺☺

昭和43年に起きた「三億円現金強奪事件」の30数年後を扱ったミステリー。事件は、東京都小金井駅前ののラーメン店主、葛木勝、53歳の死体が発見されたことが発端。本庁の定年二ヶ月前の刑事、滝口は、被害者が三億円事件の容疑者であったことから、強引に捜査に加わる。「三億円事件」の容疑者を追い込みながら自殺された苦い経験を持っている。相棒は、所轄の片桐である。この滝口は、禿頭で小太り、短躯、片桐は、風俗あがりの多恵子と同棲している。この二人の刑事の動きと、ホームレスで、新宿公園に暮らす謎の老人、警察首脳部の動きとモザイク模様のように描写されている。

この「三億円事件」の容疑者としてリストにあがった人間が次々と殺されていき、犯人は誰であるかという謎もあるが、暴力団幹部や、レストランチェーンの成功者となった者、過激派崩れの美貌の女などの容疑者の今にストーリーが展開していく。立川を中心とした非行不良少年グループ(自殺した、警察官を父に持つ非行少年)、過激派の学生による犯行、暴力団関係、現職警官の犯罪。警察はそれを知って事件を未解決処理したなどが、当時から取りざたされていたらしい。小説では、警察の幹部を父に持ち、過激派の活動家の女が計画を立案して、立川周辺の非行少年グループがやったという設定で、作者の調査結果を小説にしたらしい。

当時僕は中一、覚えているけれどもなにを騒いでいるのか、クラブ活動でそれどころではなかった。ミステリーとしておもしろく、書き物として力作、作者は相当力を入れて書き上げたと思う社会的背景に関心がある方にはおもしろいと思う。
 

死神の精度 伊坂幸太郎 ☺☺☺

主人公は死神の千葉。調査部に所属する彼は、日本に出没する時には都道府県を苗字に貰い、1週間かけて割り当て人物の調査を行う。「可」か「見送り」の回答を出し、情報部へ報告。その人物が死に値する場合の調査結果は「可」、ほとんどの場合は「可」、判定された人間は8日目に死ぬ。自分が「可」とした人間がちゃんと死んだかを確認して、彼は自分の世界に戻る。1週間の調査期間に、死神は足しげくCDショップに通い、ミュージックを心ゆくまで満喫する。

この本での調査対象は6名。それぞれ独立した短編。ヤクザの死を扱っかった「死神と藤田」、推理ドラマ風「吹雪に死神」、恋愛物語風「恋愛と死神」、殺人犯の男と旅する「旅路を死神」、老美容師のいる海辺の美容院で死神とさとられ奇妙な要望を受ける「死神対老女」。最後の老女には「人間じゃないんでしょ」と正体を見破られる。浜辺で美容室を営む老女は、「わたしが死ぬのを、見に来たんでしょ」。その老女に、街の若者を四人くらい見つけて、明後日に店へ来るように声をかけて欲しい、とお願いされた。ビジネスライクな「死神」の千葉は、他の死神同様、この世の音楽こそは素晴らしいとしつつも、人の生き死にには興味がなく、死はなにも特別なこととは考えていないので、死者を前にサービスすることも演出することもなく、死すべき人間と語り、そばにいてどうするかを決める。どこかずれていて、妙に生真面目で、それでいて音楽に心から惹かれ、「晴れ」を見た事が数千年ない死神。時折しか人間界に姿をあらわさないために数千年も人間の死に関わりながら、人間の行動や言葉遣いへの理解が今ひとつのところがあり的外れなことを言ったり質問したりして周囲を呆れさせたり、和ませたり、苛立たせたりする。仕事の時にはいつも雨に降られる死神、千葉だが、老女とは心の中に晴れ間を共有する。

エピソードごとに独立していながら、著者の他作に登場している人物と重ね合わせたり、いくらでも続編が作れる小説、というのも珍しい?評判のいい作家だが僕の評価は高くはない。
 

リピート 乾くるみ ☺☺

毛利圭介のもとに、一本の電話がかかってきた。「今から1時間後に、地震が起きます」その地震予知は見事に的中し、その後再びかかってきた電話で風間と名乗った男は、現在の記憶を持ったまま過去の自分に戻る“リピート”という現象について説明する。半信半疑の圭介に、風間は一つの申し出をする。自分と一緒に、過去に戻って「リプレイ」を体験してみないか。風間とともに過去へ時間を遡ることが出来る。その時点から現在までに起こる出来事を覚えておけば、競馬などで大もうけすることも、自分の人生をよりよい方向に導くことも出来る。年齢も立場もばらばらなゲストたち九名が集められ、約十ヶ月前の一月十三日へと旅立った。過去の自分へと戻った彼らは、リピート前には起こらなかったはずの事故や事件で、次々と不慮の死を遂げていく。

広告の文句の通り「リプレイ」の焼き直しか。この小説では、タイムスリップした人物たちは揃いも揃って利己的、保身が最優先。誰にも感情移入できない上に、人間の嫌な面を見せられて読後感もあまり良くない。リピートした先の世界でのちょっとした行動が間接的な影響を及ぼして思わぬ結果を招いてしまうという設定だが、これもタイムトリップものではありがち。身近な人が事故に遭うのを分かっているのに助けることも出来ないジレンマ。

一気に読めてしまう、そういう読書のためにならばいいかもしれません、出張向きか。

大博打 黒川博行 ☺☺☺☺

大手チケット会社の会長の誘拐事件。誘拐犯からの身代金要求は金塊2トン。しかし、息子である社長は金の用意を拒否。どうにか警察の説得により金を用意するが、犯人の指定により金を乗せた無人船は、タンカーとの衝突により沈没。金をどうやって奪うのか。誘拐犯の本当の狙い、誘拐された会長と息子の親子関係、そして事件に振り回される警察。

チケットサービス業者の内側、各種船舶の描写など、マニアックなことを詳細に調べて記述している。大阪弁の刑事のやりとりが面白いし、刑事たちも人間味にあふれていて、身近に感じる。誘拐された倉石がユーモアたっぷりで、いい味を出している。この誘拐を何とか成功させてやりたい、と思ってしまう。死人が出ないミステリは本書でも健在、大人の誘拐という非常に被害者が殺されやすいテーマを扱っているにもかかわらず、無理のない形で死人のでない結末を描いている。黒川さんは死人を描かないことにポリシーがあるのかも知れないが、制約をつけておもしろい小説を描くのも一つの技。
 

ヒトラーの防具 帚木 蓬生 ☺☺☺☺☺

1938年、父親がドイツ人・母親が日本人というハーフの軍人香田光彦が通訳としてベルリンの武官事務所へ赴任する。香田はヒトラーに剣道の防具を贈呈するためにドイツにやってきた。渡独直後はヒトラーに傾倒していた香田だったが、ナチスのユダヤ人迫害、そして香田の兄が体験した病院での悲惨なできごと。狂気の沙汰としか思えないこれらのことも、当時は平然と行われてきた。ミュンヘンの精神病院で医師として患者のためにナチスに反抗を続ける兄雅彦の影響や下宿の主人夫婦ら一般市民との交流やユダヤ人女性との恋愛を通し、冷静な目でドイツと日本の戦争を見るようになっていく。

ヒトラーとも言葉を交わす機会を持ち日本の外交戦略に関わりながらも、香田のアパートの大家であるルントシュテット夫妻、そして香田に深く関わるヒルデ。香田は、同盟国の日本人としてヒトラーから信頼を受けながらもナチスに反発を感じるドイツ人でもあり、職務を全うする軍人でありながら戦争を憂いユダヤ人女性を愛する男である。

この作品は淡々と戦時下での人間を描いたヒューマニズム小説である。ドイツが舞台のため具体的な日本の戦争描写にはあまりないが、危うい道を進むドイツと心中していく過程がよくわかる。母の国日本で軍事教育を受けながら、父の国ドイツで愛を知り戦争の渦中を生きた香田の運命の物語は一気に読ませる力作である。

題材自体は重く暗いもの、それをヒューマニズムで心地よい余韻の残る作品に仕上げている。誰にでもお勧めできる作品。
 

カディスの赤い星 逢坂 剛 ☺☺☺☺

主人公の漆田はフリーのPRマン。主要クライアントの日野楽器がスペインから招いた著名なギター製作家ラモスから、サントスという日本人のギタリストを捜してほしいと頼まれる。20年前ギターを求めスペインを訪れたサントスの腕は認めたものの、製作が追いつかずギターを譲れなかったことが心残りになっているというのだ。

卓越したギターの腕を持ちながら帰国後忽然と姿を消してしまったサントス。サントスを探す漆田は、彼の息子と思われるパコというギタリストをてがかりにサントスの行方を追うが、やがてラモスがサントスを探す理由の一つに行き当たり、巨大な事件の波に飲み込まれていく。漆田は相当なの切れ者、ギターに由来する人探しから、スペインの反政府運動対治安警察の争いに巻き込まれていく。前半では「カディスの赤い星」の正体とそれに込められた目的が明らかに、後半のスペインの描写を読んでいるとスペインに行きたくなってくる。ライバル会社太陽楽器のPRマン理沙代との恋、「全日本消費者同盟」槙村との対決など楽しく読ませてくれる。

1975年、スペインがまだフランコ総統の独裁政権下にあり、日本も過激派によるテロの懸念を抱えていた時代を背景に、日本とスペインを舞台にしたストーリー展開で、面白い読み物、スペインに興味がなくてもおもしろく読める。
 

アフリカの蹄 帚木 蓬生 ☺☺☺☺

主人公の作田は医者、心臓移植の勉強のために、この国を訪れていた。作田はブラック・スポットと呼ばれる黒人居住区の診療所に出入りするようになり、ひどい病状の子供たちをみる。「二歳くらいの男児が母親に抱かれている。小豆大の水疱が全身を覆っていた。枯れて消褪しかけている皮疹や丘疹もなく、虫の吸い口もみあたらない。すべて水疱が。熱は三十七度五分だった」そしてこうした病気になんとか対応しようとする過程で、その裏にある陰謀に気付く。ワクチンを作るために国外脱出。作田には恋人パメラがいるアフリカの蹄に戻る。消される危険性も高いのに、身の危険を顧みず戻るのである。恋人パメラはアフリカの蹄について「みんなはアフリカの蹄なんだ。蹄が動かないと、牡牛は歩けない、走れない。だから、みんなで力を合わせてアフリカの蹄になり、走ろう」

作者の描く物語はいずれも周辺調査が行き届いており、ヒューマニズムにもとづいて描写されるので暗くて重いテーマを扱っているのにもかかわらず読後感がさわやかなのが特徴。 本編と続編の「瞳」もおすすめである。

アフリカの瞳 帚木 蓬生 ☺☺☺☺


主人公の作田、妻となったパメラ、診療所の医師サミュエルら、前作で馴染んだ人物たちが登場、馴染みの世界に戻ったような心地の良さを感じる。「蹄」で天然痘ウィルス撲滅に奮闘した時から12年が経ち、シンとパメラ夫婦の息子タケシも登場。今回は、南アフリカに蔓延するエイズ禍を問題として取り上げた作品。世界のHIV感染者の3人に2人はアフリカに集中するという。HIV感染の広がりという点において、南アフリカの現実は悲惨である。高価な外国製の抗HIV薬が貧しい国民の間に行き渡らないため、政府は自国生産の安価な抗HIV薬ヴィロディンの利用を推奨。それとともに、妊婦と新生児に対してはヴィロディンを無料配布。ヴィロディンは本当に効果があるのか。サミュエルの診療所を手伝う作田とパメラは疑惑を抱くようになり、独自の調査を開始。パメラが語る、政府をあてにしていてはいけない、自分たちの力でこの国を変えていかなければならないというメッセージ。それを反映するかのように、シンやパメラの活動を応援する普通の黒人女性たち、自分たちの努力で農地を豊かにしようと奮闘しているイスマイル一家たちの姿が描かれている。

予防も治療も追いつかない、感染者は感染の事実をあきらめの境地で受け入れる。そんなアフリカを製薬会社は、新薬の実験地域として扱おうとする。こうした現実を淡々と描写している。フィクションでありノンフィクションである。
 

幻夜 東野圭吾 ☺☺

阪神大震災で、借金まみれの工場や家がつぶれ、被災した青年雅也。当日、父の保険金目当てに来ていた叔父が建物の下敷きで倒れていた。雅也はその叔父の顔に瓦をふりおとした。そして、それを見ていた女がいた。女は新海美冬と名乗り、そして二人は東京に行き、美冬は事業家として成功する。その陰にはいつも雅也の姿があり、そして、美冬の周りできな臭い事件がたびたび起こり、刑事の加藤は美冬を疑い始める。謎の中心は美冬の過去。阪神大震災の前の美冬については何もわからない。

美冬の周りの男はどんどん失墜し、その黒子役となる雅也。「二人が幸せになる為には、こうするしか手はないんや」と諭す美冬は魔性の女。美冬の周りで起きる数々の事件は、解決の糸口を見せないままストーリーは進む。それを追う刑事と、徐々に異変に気付く主人公。どうしても、宮部みゆきの「火車」を思い出す。ラストの暗さについていける読者はいるのか。
 

光の山脈 樋口明雄 ☺☺☺☺

舞台は南アルプスと八ヶ岳にはさまれた寒村、主人公は、他人との感情の共有が苦手でコミュニケーションに障害を持つロッタこと六田賢治。地元土木工事会社に職を得ている現場人足で、八ヶ岳のふもとで言語障害を持つ妻亜希と、数頭の犬といのしし猟などをしている。妻亜希は、両親を失ったため転地してきた。都会人の彼女は、地元の女性たちから執拗ないじめを受けていた。 毅然とした対応をとったことから、とある事件に遭い、その精神的障害から言葉を失い、絶望の淵にいたところをロッタと出会い救済された。青年になるまで、他人と上手く付き合えず孤独の中にいた。彼の本質は昔かたぎの猟師である。自閉症の病歴を持つ彼は人間社会のわずらわしさから逃避する、森の懐深くから離れられない山の民である。もともと知能は高かったロッタは、山の中で猟師として暮らすようになった。他者と群れることを避け、独自の倫理観で行動するロッタはしばしば他人と衝突する羽目となる。

ある日ダム工事現場が産業廃棄物違法投棄に使われていることを目撃する。ロッタのただ一人の肉親新聞記者の兄はこれを記事にして告発する。不法投棄に取り組んでいた役人の死を弔うためにも、何とか証拠を突き止めようとしていた。不法投棄の主犯であるヤクザがこの兄と子を宿したロッタの妻を殺傷する。そしてロッタのヤクザ集団を相手とする孤独の復讐戦がマイナス二十度・極寒の山岳を背景に展開される。分身として共闘する猟犬のは孤高の狼犬シオ。兄を殺害され、愛する妻、犬も殺害され、ロッタは憤怒に突き動かされ、復讐行を開始する。愛犬シオと極寒の地でのサバイバル戦闘。敵は暴力団の総勢20名。山に愛されたロッタの死闘が始まる。

自然の厳しさ、自然破壊をする人間たちの愚かさをヤクザとロッタの戦い、という舞台で描写している。作者の主張は当然、環境保護。 これはもののけ姫の構図と同じですね。神の森を汚す製鉄工場・タタラ場の女頭領エボシ御前と不老不死の力があるとされるシシ神の首を狙う坊主ジコ坊が悪い人間たちの代表で、青年アシタカと神の森を守りたいサンと山犬、これがロッタ達、一度は首を取られてしまうシシ神が子供を守ろうとする熊かな。人間はその存在自体が環境破壊、できるだけ自然や環境と共生する努力をしなければいけない、というメッセージは共通だと感じます。   
 

月に繭 地には果実 福井 晴敏 ☺☺☺

繰り返された戦乱によって環境が悪化した地球は2000年もの時を経て緩やかに再生しようとしていた。文明の程度から考えると農業化社会から工業化がはじまったあたり。地球環境を調べるために、体内にセンサーを埋め込まれて「献体」として地球におろされたロランという少年が主人公。他の仲間二人と地球に降りたロランは、鉱山主の家庭に拾われ暮らしていた。月面都市で地球再生を待ち続けた人類ムーンレ イス、月の人たちを統率するのが100年に一度冷凍睡眠から覚醒する絶世の美貌を持つお姫様。ムーンレイスは悲願の地球帰還作戦を実行に移す。しかし、かつての記憶を失っている地球人はムーンレィスの存在に激しく動揺、両者はなし崩し的に戦端を開いてしまう。ロランはその戦乱の中で、村の守り神として崇められていた石 像から出現した巨大ロボット「ターンA」と遭遇する。上中下巻からなる大作である。物語の中では核爆弾、毒ガスや細菌兵器まで使い大地を焼き尽くす。人々は他集団への恐怖から家を焼き討ちし始める。人々は、感情の赴くまま、激しく他者を攻撃する。

「(ターンA)」は、数学では「全ての〜」を意味するが、この物語では「初めからやり直す」という意味もある。この「(ターンA)」の物語は一度行き付いた文明を持ちながらそれによって滅びた人々が、もう一度初めからやり直す物語である。リングー指輪物語ーを思い描いていもいるのか。なぜ「A」が逆さまの「(ターンA)」となっているのか。それは初めに戻るとしても、かつての「A」とは違う「A」であってほしいという願いが込められている。最後に月か地球へ降り立った少年ロランは過酷な旅の果てに再び同じ地へと辿りつく。ロランはそこで最初の時と同じように河に金魚のメリーを浮かべてみる。同じ場所での同じシチュエーション、はじめと最後が繋がる。

アニメのガンダムを見てないと分からないってことはない。福井ファンはもちろん、SF好き、ガンダムファンで「違うだろこれは」と思う人にだって、福井ノベルだと思えば良い、幅広い層にオススメできると思います。
 

防壁 真保裕一 ☺☺☺

「防壁」は要人警護のSP、「相棒」は、海上保安庁の特殊救難隊、「昔日」は、自衛隊の不発弾処理班、「余炎」は、消防士。実直な主人公と、その主人公と関係のある女性が登場。警視庁警護課員、海上保安庁特殊救難隊員、陸上自衛隊不発弾処理隊員、消防庁消防士、いずれも危険と隣り合わせで働くプロフェッショナルな職業を扱ってみんな熟練技を持っている。危険な任務に敢然と立ち上がるが、それぞれの主人公はいつも女性で悩んでいる。ヒーローたちは強い精神力と旺盛な行動力を持っていると同時に弱い人間である。

韓国が死んでも日本に追いつけない18の理由 百瀬 格 ☺☺☺

挑発的なタイトルであるが、内容は韓国人のいいところも悪いところも客観的に手厳しく書いている。これが韓国でも30万部売れた理由であろう。「理由」を要約すると、第1に政治論理が経済論理より優先している。韓宝鉄鋼工業の倒産で明らかになったように、体力を越えた借金、評価の定まっていない工法の導入など、あらゆるビジネスに賄賂が絡んで、合理的な判断がなされていない。それを主導したのが大統領の息子、本来なら責任を取って大統領が辞職して当然の事件。手抜き工事で、デパートや橋の崩壊が問題になったが、近代社会にはそぐわない不条理が、いまだ横行しているのである。第2は、国民が自分の利益を考えるだけで、他人を思いやらないこと。ソウルオリンピック当時、街はごみ一つなくきれいだったが、それが終わると誰もゴミを拾おうとしなくなった。著者は、住んでいる町の自治会で町内の掃除を呼び掛けたが、賛成されなかった。自動車が接触事故を起こすと、路上でいつまでも言い争いをして、そのために渋滞が起こっても知らん顔。信号が変わるとわれ先に飛び出すので、ソウルは世界でも最も交通事故の多い都市の一つになっている。

著者としては、「韓国は日本の後追いをせず、独自の得意分野を政財界が協調して作れ」という主張のようだ。著者は商社マンとして、30年韓国でビジネスをし、浦項製鉄所の建設では、外国人としてただ一人大統領から表彰されている。本書は、その体験を語ったもので、韓国では当たり前のことばかり。日本人によるこの本が、この題で韓国で出版され、30万部のベストセラーになり、著者は特に迫害されるわけでもないらしい。 このタイトル、韓国を日本にして日本をアメリカにしたら日本人はどうするか。想像の世界だが、売れるかもしれませんなあ。著者は講演に引っ張りだこの人気という事実に、少しほっとする。

沖縄県の歴史 山川出版社 ☺☺

沖縄県の歴史を琉球文化の基層、沖縄のルーツから大型グスクの時代、古琉球王国の王統、東アジアの変動と琉球、王国末期の社会と異国船の来航、琉球国から沖縄県へ、そして太平洋戦争とその戦後までざっと見通せる本なので、入門にはとてもよい。差別待遇、徹底的な同化政策のことや戦後占領下のことなど、勉強になる。
 

サクリファイス 近藤史恵 ☺☺☺☺

サクリファイスといえば自転車ではアシストのこと。自転車レースを知ってる人はわかるかと思いますが、自転車レースは個人競技でチーム競技。リーダーを勝利させるためにアシストは、風除けになったり、水を運んだり。チームリーダとはいえ他人を勝利させるために自分を犠牲にするというのは、直感的にはいやなこと、しかし、主人公はむしろアシストに徹しているほうがいいという人で、その姿勢が逆に評価され、チャンスが訪れるのです。この本、自転車乗りにも楽しめます。作者が自転車乗りに取材したのでしょう。表現に気になるところもありますが、「加速するときにアウターにいれて」とか、いい感じで使われています。

銀輪の覇者 斉藤純 ☺☺

戦時中、実用車で日本縦断の賞金レースを開催するという設定。物語の展開に合わせて自転車レースのテクニックを教えてくれるのですが実用車のレースという無理な設定が現実味を削いでいる感じ。自転車レース物というより冒険物語。

人類が消えた世界 アラン・ワイズマン ☺☺☺☺

人類が突如地球上から姿を消したら、世界はどのように変容していくのか。取材と調査によって描かれる未来像の本。人類誕生以来200万年としても、地球の歴史は46億年、500万を46億で除すれば、人類の歴史は地質学的に大した時間ではない。地球の歴史を一年とすると地球の歴史が46億年、人類の出現が200万年前、12月31日23時57分くらいに相当する。他の生物に比べて飛び抜けて発達した頭脳によって、牧畜や農業を発明し、都市化、工業化を推進し、個体数を爆発的に増やすと同時に、獲得した科学技術を用いて多くのものを産み出してきた。本書はこれら人類の歩みが、他の生物の生存とは比較にならないほど大きな影響を地球に及ぼしてきていることを実証していく。また本の中で紹介される、アメリカ大陸あった巨大動物による世界、それが新大陸に侵入した人類によって破壊されてしまったという理論。アメリカ大陸だけでなく多くの先住民的な暮らしに持続可能社会への期待が語られることがあるが、現実にはやはり人類は優れた力と絶滅者の血を引いている。

人類が消えてしまった世界を想像することで、人類がいかに大きな負荷を地球に対し与えてきたか認識することができる。この認識が、私たちの現在の生き方に変化を促し、人類がいつか滅びるまでの間、この地球と共生していくことを見いだせる人類の知性に期待したい。

深追い 横山秀夫 ☺☺☺☺

配属されたくない署、第一位の三ツ鐘警察署での事件に絡んだ警察官7人の話。舞台は三ツ鐘警察署という同じ場所だけれど、基本的なテーマは一緒で人間模様を描写。日常の中の小さな事件から主人公が思うこと、体験することなどが焦点に。主人公は交通課事故係、刑事課鑑識係、刑事課盗犯係、警務課係長、生活安全課少年係、三ツ鐘署次長、会計課長。この短編集はそれぞれの個人に着目したヒューマンタッチの作品。

「深追い」 職住一体を目指した三ツ鐘署では、署の敷地内に独身寮や官舎がある。そのせいか県警や他署からは三ツ鐘村と揶揄されている。今日も署長主催で地元の信用金庫の女子職員を招いた独身署員向けのパーティ、交通課事故係主任の秋葉和彦はパーティに出る気にもなれない。秋葉は昨夜の出動で交通事故死した被害者のポケベルを拾った。被害者の妻が中学生の時に付き合っていた女性であったことが発端。交通事故で死んだ男が持っていたもので、男の妻に返そうと思っていた矢先、そのポケベルが鳴った。夜の献立がメッセージとして送られてくるのだが、返しそびれた刑事がもっていることを知っているらしい。秋葉の勘違いが次第に解明されてくる。職務を逸脱してゆく警察官の姿は、相手の女性から見たら恐ろしいもの。閉ざされた小さな世界が生み出した戒律。読んでいると、彼の本気とそれに対する女性の方の困惑ぶりもが伝わってくる、。

「又聞き」 刑事課鑑識係で日々鑑識写真を焼き続ける三枝達哉。小学二年生の時に海で溺れ、救助に向かった大学生一名が死亡、もう一名の大学生にに助けられた経験を持つ。今年もその日7月28日がやってくる。鑑識課の三枝達哉は休暇を申請していた。幼い頃、海でおぼれかけた彼の命を救い、代わりに自らの命を落とした小西和彦の命日だった。義務感のみで小西家を訪れた三枝は例年のように小西の位牌の前に線香をあげ、両親と話しながら時を過ごすのであったが、アルバムの最後にあったスナップ写真に目を奪われた。事故の一時間前に撮られた写真というのだが、疑問が。トラウマのある人は、それに向き合ってやっと解き放たれる、この主人公も写真1枚に疑問を持ったことから自分の過去と向き合って乗り越えることができた。

「引継ぎ」 名物空き巣「宵空きの岩政」が引退宣言をした。刑事課盗犯係主任尾花久雄が、親の代から追っていた空き巣だ。県警を退官した父から引き継いだ「盗人控」、大学ノート二十冊のうち岩政こと岩田政男に関する情報だけでも六冊を占めていた。年に一度の「盗犯検挙推進月間」に、その岩政の手口に類似した空き巣事件が発生、目撃情報も寄せられた。岩政は引退したはずではなかったか。推進月間なのにいまだ検挙数ゼロの尾花は、岩政の行方を追う。

「訳あり」 警務係長の滝沢は困り果てていた。まもなく定年退官する鈴木巡査長の再就職先がどうしても見つからないのだ。その対応に追われている最中、県警本部にいる同期の殿池から電話で呼び出された。出向してくるキャリア組用のポストである捜査二課長は歴代「ボク」と呼ばれているのだが、そのボクに悪い虫が付いた。その悪い虫を滝沢が追い払えれば県警本部警務課長の船山が滝沢の処遇を上手く取りはからってくれるそうだ。船山はかつて逆らった滝沢を三ツ鐘署に飛ばした張本人。昇進試験に通らないのも船山のせいだと滝沢は見ていた。昔なら席を立っていた所だが、どうしても滝沢は断れずにボクの監視を行うのであったがそんな中、刑事二課長が女のマンションに入り浸っているというタレ込みが入る。刑事二課長の身辺調査を依頼された鈴木は、自身の仕事の合間を縫い、極秘裏に調査を開始する。自分の出世の話を持ち出されてある意味浮かれてしまい、仕事とはいえ人の就職先の世話なんてすっかり忘れてしまった滝沢。

「締め出し」 生活安全課少年係の三田村は刑事課への転属希望を出し続けているが、未だに異動の話は聞こえてこない。三ツ鐘市をあげての夏祭りが明けた朝。前夜にグループ間で乱闘騒ぎになる前に無事補導した不良グループの取り調べの最中、ふんぞり返り生意気な言葉を口にする少年に一撃を食らわそうとしたちょうどその時、強盗殺人事件を告げる無線が鳴った。それを聞いた不良少年が漏らした一言を三田村は聞き逃さなかった。住宅団地のローラ捜査に借り出された三田村は、公園で休憩している最中に奇妙な言葉を口走る老人と出会う。

「仕返し」 三ツ鐘署次長の的場には再婚後にもうけた息子がおり、中学受験を控えている。前妻とは職場結婚、当時の警備部長の勧めであったのだが、急逝した部長の通夜で酔った同僚から部長のお下がりであった事を告げられ激しくショックを受け、間もなく家庭は崩壊し、離婚した。引き取るつもりであった息子はまだ3歳で、妻から離れず手放す事となっていた。ある日、ホームレスが公園のテントの中で死んでいるとの知らせを受ける。どうやら病死のようであったが、恩のある TV リポーターがホームレス問題に力を入れていた事もあって彼にネタを流した。その日は的場の誕生日であり、少し遅くなったものの家族で祝いの席を楽しんだところへ、リポーターが現れホームレス;ポンちゃんの前日の足取りを細かく調べてきた。彼はその報告に特に違和感は感じなかったようだが、的場には疑問に思える点があり、慌てて署に戻ると当直社名簿を調べたホームレスの死体が公園で発見された。いつも署に顔を出していた"ポンちゃん"というホームレス。病死との所見だったが、ポンちゃんの足取りを追ううち、警察署の近くでの目撃情報を得る。職住接近の同じ官舎での暮らし、そこで暮らす家族の毎日は、子供たちの関係も含めて息詰まるもの。息子の虐め問題で対立している部下から本部への密告で苦境に立たされる。自分の子供がいじめられている立場じゃなくていじめている立場だった。自分自身の出世と、家族の問題に直面する、警察署次長の的場。事故の隠蔽工作と家族の問題を巧みにリンクしながら、物語は展開。子供たちも親の上下関係を見て自分たちの上下関係を決める、警察を舞台にしているが、これはどこででもあることだろう。

「人ごと」 会計課課長の西脇は本官ではなく、一般職員である。彼は「草花博士」として近隣の署まで名が知れているらしい。部下の飯倉が各交番から届けられた遺失物のチェック中に財布からカードを出して落とし主にたどり着けそうだといってきた。そのカードは花屋の会員証で、西脇も同じ花屋の会員であることから自ら確認に行くことにした。財布の中身から落とし主をある程度イメージしていたのだが、花屋の話ではそのイメージとはかけ離れているようだ。627円と花屋の会員証。それが届けられた財布の中身だった。西脇は会員証から落とし主を追うが、持ち主は財布の中身とは似つかわしくないマンションに住む老人だった。一つの花を三つに分けて自分の子供たちの様に育てる。そして更に三つの家から見えるのは老人の住むマンション。
 

華族 小田部雄次 ☺☺☺

戦前の日本では、特権的上流階層だった「華族」。上流家系のイメージで語られる「皇室の藩塀」。多様な生態と実相にせまった面白い本。明治2年(1869)、「公卿諸侯之称廃せられ、改めて華族と称す可し」と定められたのが華族の始まり。明治17年(1884)、公侯伯子男の五爵制を定めた華族令が決定された。華族と聞いて思い浮かべるのは「殿様や公家だった人々」。しかし、三井とか岩崎は、どうして爵位を持っていたのか、山県有朋、大山巌、勝海舟はなぜ爵位を持っていたのか。

華族は、学習院入学・宮中席次・「爵」「位」・「世襲財産の設定」などの様々な特権とともに、相続は男系・宮内大臣の監督に服務・国家への忠誠・教育や軍務など、様々な義務を有していた。公爵・侯爵は無給ながら、貴族院の終身議員。しかし「伯・子・男」爵は、満25歳以上の当主による互選かつ歳費がもらえるので、貧乏貴族は議員の地位をめぐって激しく争ったらしい。「華族令」の選考内規では、諸侯と公卿を中心に、「国家に勲功ある者」が加えられていた。藩閥間の勢力バランスに配慮、「勲功」を判断したのは伊藤博文。長州の山県有朋や井上馨、薩摩の西郷従道や大山巌は、このとき、爵位を得た。このほか、神職、僧職、奈良華族、琉球王家にも爵位が贈られた。明治20年には、反政府勢力への「懐柔策」として、民権派の板垣退助、大隈重信ら、旧幕臣の勝海舟らに叙爵が行われる。日清・日露戦争以後は、軍人の叙爵者が増加。財閥を中心とした資産家も、日本の経済発展に関する寄与を「勲功」と認められて、華族の仲間入りをする。その後日韓併合で朝鮮貴族が加わり、大正期以降は、軍人のほか、政治家・官僚、学界人が増えた。このように「華族」は、さまざまな出自・職業・利害関係を持つ人々を抱え込んでいた。便宜上、「華族」と括られているが、ひとつの階級を成していたとは言えない。明治以降の日本史の矛盾や課題を浮き彫りにするような歴史的家系背景解説、と考えられる。

戦前日本の支配階級の動静がわかって面白い。美智子皇后が、非華族出身者ということで、随分イジメられたことから分かるように、華族子女は宮中女官の供給源であったらしい。紀子様の勤めていた「山階鳥類研究所」や、競馬の「有馬記念」が、実は華族に由来するものとか、こういう豆知識も書かれている。

ページトップへ

今までのコンテンツ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Copyright (C) YRRC 2009 All Rights Reserved.