+++ 神名釈義 名義ミニ事典 +++



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天之御中主の神 (アメノミナカノヌシ)

名義は「高天の原の神聖な中央に位置する主君」。

「天」は、天つ神の住む天上界、またその天上界を讃美する心から 美称として用いられるが、ここでは特に高天の原をさす。「御中」は「真中」と同じではなく、神の宿る神聖な中央、の意。 「主」は「主人・主君たるお方」という意の尊称である。



高御産巣日の神 (タカミムスヒ)

名義は「高く神聖な生成の霊力」。

「高」は「高い」意の美称であるが、この神の別名が「高木の神」(高い木を 依代として降臨する神)と言われるように「高処から降臨する」という特徴に基づいた命名であった。

「産巣日」の「産巣」 は「苔が生す」などの「むす」で「生成する」意の自動詞。「日」は「霊的なはたらき」を意味する語で、神名の接尾語としてよく 用いられる。以上を通して、この神名の核は「産す」にあると言えるが、一方では「日」に核があると考えることもでき、その場合は 「高く神聖な、生成して止まぬ太陽」の意となる。

実は、この「産巣」としての霊能と「産日」(太陽神)としての霊能とが「古事記」の 文脈の中でのちに交錯するところが出てくるのである。



神産巣日の神 (カムムスヒ)

名義は「神々しく神聖な生成の霊力」。

「神」は神(または神に相当するとみなされる人)の事物や行為につける接頭語。 「産巣日」は前項「高御産巣日の神」参照。

この神名との対応からみると、正式な名は「神御産巣日」であったはずで、神代記上にも 「神皇産霊」とある。ただ「かむみむすひ」と音が重なるので「み」を脱落させて発音していた。それを文字化して「神産巣日」と 書いたものとすると、「御」を補って解するのがよい。

また一方、この神名の核が「日」にあるとする場合は、「産日」(太陽神)と 解しうること、高御産巣日神の霊能と同じである。したがって、元来「産霊・産日」の霊能をもつ一つの神であったのが、古代人の二元論 的な思考法から修飾語を冠して、「高御産巣日」と「神産巣日」との二つの神格として分離したものとみられる。



宇摩志阿斯訶備比古遅の神 (ウマシアシカビヒコヂ)

名義は「立派な葦の芽の男性」。

「宇摩志」は良いものを心に感じて讃める語。形容詞シク活用の語幹。「阿斯訶備」は春先に 萌え出る葦の芽。「訶備」は「黴」と同源で物の発酵すること、芽ぶくこと。「比古遅」は、男性への親称。



天之常立の神 (アメノトコタチ)

名義は「天空が永久に立ち続けること」。

「天」は文脈から言えば「高天の原」ではなく「天空」をさす。



国之常立の神 (クニノトコタチ)

名義は「国土が永久に立ち続けること」。

「国」は国家行政地域の意ではなく、人間の住んでいる土地、の意。



豊雲野の神 (トヨクモノ)

名義は「豊かな実りを約束する地味の肥えた、そして慈雨をもたらす雲が覆う原野」。

原文「豊雲野神」とある。「上」は声注(アクセントの注記)。 「雲」の平安朝アクセントは平平型(奈良朝もこれに準じて考えてよい)であるが、「雲」と指示したのは 上上型に発音せよということなのである。そう発音すると、「豊雲、野」の意ではないことになるから、意味上の誤解を防ぐ ために声注を施している。そこで、この神名は、「豊かな野で、雲の覆う野」と解すべきである。



宇比地邇の神 (ウヒヂニ)

名義は「最初の泥土」。

「宇比地」は「初泥」の音約。「邇」は親愛を表す接尾語。原文「宇比地邇神」とある。「上」は 声注(アクセントの注記)。



須比智邇の神 (スヒチニ)

名義は「砂と泥土」。

「須」は砂。「比智」は泥土で、「ひぢ」「ひち」の清濁二形があった。「邇」は親愛を表す接尾語。 原文「須比智邇神」とある「去」は下げる調子の声注(アクセントの注記)。



角杙の神 (ツノグヒ)

名義は「角状の棒杙」。


活杙の神 (イクグヒ)

名義は「活きいきとした棒杙」。


意富斗能地の神 (オホトノヂ)

名義は「偉大な、門口にいる父親」。

「意富」は「大」で美称。「斗」は「門・戸」で村落や居宅の狭い通路。そこに 防塞守護神がいると信じられ、またその神を祭った。「地」は「父親」で、男性の親称。



大斗乃弁の神 (オホトノベ)

名義は「偉大な門口にいる女」。「弁」は「女」の音転。


於母荼陀流の神 (オモダル)

名義は「男子の顔つきが満ち足りていること」。

防塞守護神の石像などに彫られた男神の容貌とみることもできるが、文脈的にもまた次の「妹阿夜訶志古泥の神」との対応からも、 さらに今日残存する性器崇拝の形象化されたものからも、男根の様相に対する讃美による命名とみるほうがよい。



阿夜訶志古泥の神 (アヤカシコネ)

名義は「まあ、恐れ多い女子よ」。

「阿夜」は感動詞。「訶志古」は「畏し」の語幹。「泥」は人(男女とも)への親称。防塞守護神の石像などに彫られた怒った恐ろしい 女神の容貌とみることもできるが、「於母荼陀流の神」の項で述べたように、これは女陰のあらたかな霊能に対して恐懼することの表象 とみるほうがよい。



伊耶那岐の神 (イザナキ)

名義は「媾合に誘(いざな)い合う男性」。

「伊耶那」は「誘ふ」の語幹。「岐」は男性を表す語。神代紀上の「伊奘諾尊」の 「諾」によって「き」が清音であることが分る。



伊耶那美の神 (イザナミ)

名義は「媾合に誘(いざな)い合う女性」。「美」は女性を表す語。


水蛭子 (ヒルコ)

名義は「水蛭のような手足の萎えた不具の子」。

「ひる」は「痿痺・比留無夜末比」(和妙抄)「痿 ヒルム」(名義抄)とあるように「萎縮する」意の「ひるむ」の語幹で、 「水蛭」は虫の名となったもの。神代紀上には「次に蛭児を生む。已に三歳になるまで、脚猶し立たず」とある。 「葦舟に入れて流し去てき」とあり、流し棄てられてしまう。

結婚において、女が男より先に発言したため水蛭子が生れたとある。男から女に声をかける習俗があったのに反したからである。 古代習俗は禁忌と呪術とで倫理が構成される。禁忌を犯すことは邪悪となり、その邪悪の形象として水蛭子が生れる。だから 水蛭子(邪悪)を遺棄する。葦船に入れたのは、葦は邪気を払う呪力があると信じられたからである。 (
「宇摩志阿斯訶備比古遅の神」の項参照。「豊葦原の瑞穂の国」の「葦」も同じ)


淡道之穂之狭別 (アハヂノホノサワケ)

名義は「淡道島の粟の初穂の男子」。

淡路島の名。「淡道」は「粟(阿波)の国(徳島県、また四国の総称)へ行く道」の意。 「穂之狭」は「穂が初めて出る。初穂」のことで、「粟」の連想によるから「粟の穂」である。

「別」は本来「地方を分け治める者」の意で5・6世紀の皇族名に多くついているが、男子の敬称である。のち、皇別系の姓となる。 天武天皇十三年十月に制定された「八色の姓」には入れられていない古い時代の姓である。

岐・美二神の国生みによって生れた最初の島の名。



愛比売 (エヒメ)

名義は「かわいい女性」。

原文「愛比売」とある。「愛」はア行のエの音を表す音仮名であるが、 その母音音節エには語として「愛すべき・かわいい・立派な」の意があった。「兄」「吉」(良い)はヤ行のエであるから別。 「上」は声注。

「比売」は「霊女」の意であったが、女性一般をさすようになった。岐・美二神の国生みによって生れた伊予二名の島 (四国)の中の伊予国(愛媛県)の名。



飯依比古 (イイヨリヒコ)

名義は「飯の霊が依り憑く男性」。

「飯」は「米粟」の類。「比古」は「霊子」の意であったが、男性一般をさすようになった。 岐・美二神の国生みによって生れた伊予二名の島(四国)の中の讃岐国(香川県)の名。



大宜都比売 (オホゲツヒメ)

名義は「偉大な、食物の女性」。

「宜(げ)」は「食(け)」が連濁を起こした形を表す。「都」は連体助詞。岐・美二神の国生みによって生れた 伊予二名の島(四国)の中の「粟の国」(阿波国で徳島県)の名。阿波に「粟」を付会し、食物神としてのちに命名したものであろう。 岐・美二神の国生みに続く神生みの条に、その出生が述べられ、以後の活動は「五穀の起源」の条等。



建依別 (タケヨリワケ)

名義は「勇猛な霊が依り憑く男子」。

「建」は「健」の古字で、「猛だけしい」意に用いている。「別」は
「淡道之穂之狭別」 の項参照。岐・美二神の国生みによって生れた伊予二名の島(四国)の中の「土佐の国」(高知県)の名。土佐に「鋭し」を付会し、 建依別の命名がある。


天之忍許呂別 (アメノオシコロワケ)

名義は「天上界と関連のある立派な、威圧的に凝り固まった男子」。

「天之」は、単なる美称ではなくて、天上界(高天の原)と関係をもつと認識されたものに冠する美称。たとえば「天の香久山」といえば、 他の山々と違って「天から降って来た」といった伝承あり、天皇国見儀礼の聖山であるというような場合で、今も交通上その他の要衡といった 特別の島だから「天之」を冠したものと考える。

「忍」は「押えつける」意で、威力あるものの美称となった。「許呂」は「凝る」意で、「淤能碁呂嶋」にも例がある。「別」は
「淡道之穂之狭別」の項参照。

岐・美二神の国生みによって生れた「隠伎の三子の嶋」の名。隠岐の嶋 (島根県)は日本海の交通上の要衡である。



白日別 (シラヒワケ)

名義は「明るい太陽の男子」。

音読の「白日」という表現と同じ。「別」は
「淡道之穂之狭別」の項参照。 岐・美二神の国生みによって生れた筑紫の島(九州)の中の「筑紫の国」(福岡県の大部分)の名。筑紫野市の筑紫神社に祀る。


豊日別 (トヨヒワケ)

名義は「光が豊かな太陽の男子」。

「別」は
「淡道之穂之狭別」の項参照。岐・美二神の国生みによって生れた 筑紫の島(九州)の中の「豊国」(大分県・福岡県の一部)の名。


建日向日豊久士比泥別 (タケヒムカヒトヨクジヒネワケ)

名義は「勇猛な、太陽に向かう、太陽の光が豊かで霊妙な力のある男子」。

この区切りは未詳だが、今は「建日向・日豊久士比泥」としておく。
「久士比泥」は「奇し霊」(「久士」は「くし」の濁音化)と「ね」 (親称)であろう。「別」は
「淡道之穂之狭別」の項参照。岐・美二神の国生みによって生れた筑紫の島(九州)の中の 「肥の国」(佐賀・長崎・球磨川以北の熊本・宮崎の各県)の名。


建日別 (タケヒワケ)

名義は「勇猛な太陽の男子」。

「建」は
「建依別」の項、「別」は「淡道之穂之狭別」の項参照。 岐・美二神の国生みによって生れた筑紫の島(九州)の中の「熊曾の国」(球磨川以南の熊本県・鹿児島県)の名。


天比登都柱 (アメヒトツハシラ)

名義は「天に接する一本の柱」。

原文にはこの名の下に「訓天如天」とある。それで「天」の字は「あめ」と訓んで 「あめの・あま・あまの」とは訓まない。

単独の「天」には種々の用法はあるが、ここでは自然界の「天空」の意。「比登都」は「一つ」。 「柱」は神の依代となる木。神や尊貴の人を教える助数詞ではない。助数詞ならば「一柱(ひとつはしら)」とは言わずに「一柱(ひとはしら)」 と言うからである。

岐・美二神の国生みによって生れた「伊岐の嶋」の名。壱岐(長崎県)は海上の孤島で、天に接して見えるさまから 「天一柱」と命名されたもの。



天之狭手依比売 (アメノサデヨリヒメ)

名義は「天上界と関連のある立派な、叉手網に霊が依り憑く女性」。

「天之」は
「天之忍許呂別」の項参照。「狭手」は叉手網で魚を取る具。

岐・美二神の国生みによって生れた「津嶋」の名。対馬(長崎県)は「津(船着場)の島」の意で、壱岐から韓国へ渡る海路の要衡の島。

「魏志」倭人伝によれば「対馬国」とあり、「良田無く、海物を食して自活し、船に乗りて南北に市糴す」とあるように、海人の業を専ら としていた。そこで、叉手網を神格化する命名となった。







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