+++ 神名釈義 名義ミニ事典 +++



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天の御虚空豊秋津根別 (アメノミソラトヨアキヅネワケ)

名義は「天のみ空に群れ飛ぶ蜻蛉の男子」。

「御虚空」は「神聖な空」。「虚空」は仏典語。ふつう「天つ御空・あまつみそら」といわれるが、 記の表記法ではその場合は「天津」とあるので、ここでは「天の・あめの」と訓む。

自然界の「天」である。「秋津」は蜻蛉で、稲の精霊。 豊作を予祝しての命名である。「根」は「根元」の意から美称となる。「別」は
「淡道之穂之狭別」 の項参照。

岐・美二神の国生みによって 最後に生れた「大倭豊秋津嶋」(本州)の別名である。「大和」は元来奈良県天理市(式内社大和神社のあたり)の一地名であったのが 奈良県一国の名となり、のち日本国の名となった。



建日方別 (タケヒカタワケ)

名義は「勇猛な東南風の男子」。

「建」は
「建依別」の項、「別」は「淡道之穂之狭別」の項参照。「日方」は地域によって 方角は異なるが、本州西部では東南風をいう。

岐・美二神の国生みによって生れた「吉備の児嶋」の別名。岡山県の児島半島で、当時島であり、瀬戸内海航路の寄港地であった。 ところで、記の島名の挙げかたの順序から見ると、次が「小豆嶋」となっているので逆行することになる。これは 児島が激しい東南風に見舞われる位置にあったので、その場合は小豆島に寄港することにしていたことの反映ではなかろうか。 つまり正式には児島で、予備港が小豆島であったから次に記したのであろう。そのために、地理的には順序が逆になってしまったものと 考える。



大野手比売 (オオノデヒメ)

名義は「大きな野の地形をもつ女性」。

「手」は地形・方向・側面であることを表す接尾語。岐・美二神の国生みによって生れた 「小豆嶋」の別名。小豆島(香川県)の地形による命名か。寄港地としては、前項「建日方別」の項参照。原文「大野手 比売」の「上」は声注で、「手」を高く発音することを表す。



大多麻流別 (オホタマルワケ)

名義は「偉大な、船が停泊することの男子」。

「大」は美称。「多麻流」は「溜る」で、ここでは船の停泊の意。 「別」は
「淡道之穂之狭別」の項参照。岐・美二神の国生みによって生れた「大嶋」の別名。 大島は山口県大島郡の屋代島をさす。

「筑紫道の可太の大島」(万葉、巻十五、3634)「大島の鳴門を過ぎて」(同、3638の題詞)とあり、瀬戸内海航路の渦潮を乗り切る ために、この屋代島で船を停泊させたことによる命名か。原文「大多麻流別」とあり「上」は声注。



天一根 (アメノヒトツネ)

名義は「天に接する一つの根元」。

「天」は
「天此登都柱」の項参照。岐・美二神の国生みによって生れた 「女嶋(ひめしま)」の別名。これは姫島(大分県国東半島の東北沖)にある。瀬戸内海の西端、周防灘にある孤島による命名。


天之忍男 (アメノオシヲ)

名義は「天上界に関連のある立派な、威力のある男」。

「天之」と「忍」は
「天之忍許呂別」の項参照。岐・美二神の 国生みによって生れた「知訶の嶋」(長崎県五島列島)の別名。
「肥前国風土記」に「小近・大近」の島名が見え、遣唐使の船が 発する所で、烽の場が八箇所あるとある(松浦郡、値嘉郷の条)。



天の両屋 (アメノフタヤ)

名義は「天空にある二つの屋根」。

「天の」は自然界の「天」。「屋」は屋根の形をした島。岐・美二神の 国生みによって生れた「両児の嶋」の別名。この島は五島列島の南の男女郡島(長崎県福江市)で、男島と女島とが並んでいる ことからの命名であり、その形から「両屋」といい、海上遠く天空にみえるので「天の」を冠したもの。



大事忍男の神 (オホコトオシヲ)

名義は「これから神生みの大仕事をする威力のある男」。

「忍」は
「天之忍許呂別」の項参照。岐・美二神の 神生みの最初に生れた神の名。


石土毘古の神 (イハツチビコ)

名義は「岩石と土の男性」。

「石」は「いは」とも「いし」とも訓まれるので、ここでは「いは」と訓め、という「訓注」 がついている。「いは」は大地に根を生やしたような大きな岩石のことをいい、したがって「頑丈堅固な」の意にも用いられる。それに 対して「いし」は持ち運びが出来る程度の大きさのものをいう。

紀では、前者の意の場合は「磐」、後者の意の場合は「石」 と書き分けているが、記ではすべて「石」の字を用いているので訓注が必要になったのである。岐・美二神の神生みの住居関係神の 第一に生れた神。住居の土台になる岩石と土で、敷地の神格化である。



石巣比売の神 (イワスヒメ)

名義は「堅固な住居の女性」。

「石巣」を「石と砂」とか「石造りの住居」とする説がある。前者の説は、記の神名表記の文字 からみて離れすぎる。後者の説は「大屋毘古の神」の項で説明するように否定される。そこで「石」は「岩石のように堅固な」の意の美称。 「巣」は「住居」。岐・美二神の神生みの住居関係神の第二に生れた神。

女神であるのは、住居の管理者の意識に基づくものであろう。

例えば、「刀自」という語が、一家の主婦の意から、女性の敬称ともなっているが、これの語源は「戸主」である。すると戸主が 女性だという考えを反映して、この神も女神とされたと言えよう。



大戸日別の神 (オホトヒワケ)

名義は「偉大な、家の出入口の霊力のある男子」。

この神名の核は「戸」。「大」は「戸日別」全体の美称。 「日」は「霊的なはたらき」を意味する接尾語。家屋の「戸(門)」が防塞神の依代であった。「別」は
「淡道之穂之狭別」の項参照。 岐・美二神の神生みの住居関係神の第三に生れた神。


天之吹男の神 (アメノフキヲ)

名義は「天上界に関連のある立派な、屋根葺き男」。

「天之」は
「天之忍許呂別」の項参照。原文「天之吹 男神」とある。「上」は声注で、これによると「吹く」意ではなく「葺く」意となる。岐・美二神の神生みの住居関係神の第四に生れた神。 屋根葺きを特に神聖な行為として、「天之」を冠したものであろう。


大屋毘古の神 (オホヤビコ)

名義は「大きな家屋の男性」。

「屋」は(穴居などでない)建物としての家。岐・美二神の神生みの住居関係神の第五に生れた神。

「大穴牟遅神の受難」の条では「木の国の大屋毘古の神」として登場する。これは木の繁茂する紀伊国(和歌山県)の信仰神の意で、 大屋毘古神が木の神であることを意味する。この神を通じて、家屋が木で作られていることの反映がみられる。そこで、前項の 「石巣比売の神」を、「石の住居」と考えてはならないことが分る。



風木津別之忍男の神 (カザモツワケノオシヲ)

名義は「風に持ちこたえる男子の威力ある男」。

原文に「木を訓むには音を用ゐよ」とある。これは「音注」であるが、「木」の音 は「万葉集」巻二、185に「岩つつじ木く(「茂く」の意)咲く道を」にあるように「も」である。「も」の音仮名は記では「母」と「毛」 とを使っている。それなのに「木」を使ったので、異例だから音注を施したのである。

次の「津」は訓仮名であって、「木」が音仮名だから均整がとれない。ということは、この神名の文字は原資料のまま引用したらしいことを 表している。だから「風」を「かざ」と訓めとか「木」は音仮名だとか注記を加えている。

さらにその神名から「木津」の意味を 考えると、「持つ」(大事に保つ)と解することができる。「持つ」ならば「母都」と書けばよいものを、原資料のままにしたので、音注が必要 になったといえる。「別」と「忍」は
「天之忍許呂別」の項参照。

岐・美二神の神生みの住居関係神の最後に生れた神。家屋の耐久性について、風に対抗できる威力の神格化である。



大綿津見の神 (オホワタツミ)

名義は「偉大な、海の神霊」。

「大」は美称。「綿」は借訓で「海」の意。「津」は連体助詞。「見」は「神霊」の意で「精霊(ち)」 よりも神格が高い。岐・美二神の神生みの中の海神の名。



速秋津日子の神 (ハヤアキツヒコ)

名義は「勢いの早く盛んな、河口の男性」。

「速」は神威の速度に対する美称。「秋津」の「秋」は「開」の借字で 「口が開いていること」の意であり、「津」は「港」の意である。岐・美二神の神生みの中の「水戸」(河口)の神の名。 次項「速秋津比売の神」(女神)と一対になっている。水門(みなと)というのは、河と海との接点であるから、陸地側と海面側との 二つの観点がはたらいているわけである。



速秋津比売の神 (ハヤアキツヒメ)

名義は「勢いの早く盛んな、河口の女性」。

「速秋津日子の神」(男神)と一対になり、男神が「河」の側を、女神が「海」の 側を、それぞれ分担管理して、岐・美二神の神生みの場を提供している。ともに「水戸」(河口)の神である。



沫那芸の神 (アワナギ)

名義は「水面の泡が平静(凪)であること」。

神代紀上には「沫蕩尊(アワナギノミコト)」とある。「蕩」は平らかな、 の意で、ここでは「和ぎ(凪)」に当たる。次項の「沫那美の神」(泡が波立つ)とともに、河口(陸地の側)の水面のさまの神格化。 岐・美二神の神生みにおいて、河口で生んだ神。

ただし神代紀上の「沫蕩尊」は伊奘諾尊の親となっている。これは伊奘諾尊が水泡から生れたとする海人族の伝承によるものであろう。 それに対して、記では岐・美二神の所生としているのは「別天つ神」と「神世七代」の神々以外の神々を、すべて岐・美二神の所生と して系譜づけをしようとしたものであることを示すと思われる。



沫那美の神 (アワナミ)

名義は「水面の泡が波立っていること」。

前項「沫那芸の神」とともに、岐・美二神の神生みにおいて、河口で生んだ神で あるが、この神は河口(海面の側)の水面の波立ちのさまの神格化。



頬那芸の神 (ツラナギ)

名義は「水面が平静(凪)であること」。

「頬」は「面」で、物の表面。ここでは水面の。「那芸」は「和ぎ(凪)」。 岐・美二神の神生みにおいて、河口(陸地の側)で生んだ神。「沫那芸の神」の項参照。



頬那美の神 (ツラナミ)

名義は「水面が波立っていること」。

岐・美二神の神生みにおいて、河口(海面の側)で生んだ神。 「頬那芸の神」の対。「沫那美の神」の項参照。



天之水分の神 (アメノミクマリ)

名義は「山頂の水の分配」。

「天之」は次項の「国之」に対する語で、山や崖などのように地上から突き出て天空に 接する場合にいう。地上の場合は「国之」である。「水分」は「水を配ること」の意。山頂は分水の水源(みなもと)であって、飲料水や灌漑用水 の分配源となる。岐・美二神の国生みにおいて生れた配水の神。



国之水分の神 (クニノミクマリ)

名義は「地上の水の分配」。

語義については、前項「天之水分の神」参照。岐・美二神の国生みにおいて生れた配水の神。



天之久比奢母智の神 (アメノクヒザモチ)

名義は「山頂の、水を汲む杓持ち」。

「天之」については
「天之水分の神」の項参照。「久比奢」は「汲み瓠(くみひさご)」の約というが、 「杙瓠(くひひさ)」(柄のついたひょうたんで「杓(ひしゃく)」)の約と考えられる。「瓠(ひさご)」は単に「ひさ」と言った。

この神は岐・美二神の神生みにおいて、水に関係して生れた瓠(ひさご)「杓」の神である。



国之久比奢母智の神 (クニノクヒザモチ)

名義は「地上の、水を汲む杓持ち」。

岐・美二神の神生みにおいて、水に関係して生れた瓠(ひさご)「杓」の神である。 前項「天之久比奢母智の神」参照。



志那都比古の神 (シナツヒコ)

名義は「風の吹き起こる所の男性」。

「志」は「息」また「風」の意。「那」は連体助詞。「都」は「所」と同じく「と」ともいう。 通訳は「息長つ彦」の意とするが、それならば「しなが」(「息長鳥」の例がある)となるはずである。岐・美二神の神生みにおいて生れた 風の神の名。「息」も「風」も同じで「し」といった。

「祝詞」(大祓詞)に「科戸(しなど)の風」とあるのも「息の所から吹き出る風」 の意である。



久々能智の神 (ククノチ)

名義は「木の精霊」。

「久々」は茎のある植物で、ここでは木をさす。

「九久多知(くくたち)」(万葉集、巻十四、3406)は「茎立」で 草の茎の立ちのびたもの、「久君美良(くくみら)」(同、3444)は「茎韮(くくみら)」であり、「久々年の神」も「茎稲(くくとし)」 であるように、「茎のある植物」を「くく」といったのである。「智」は「精霊」の意で、「をろち」(大蛇)や「いかづち」(雷)の「ち」 と同じ。「わたつみ」(海神)や「やまつみ」(山神)の「み」(神霊)より神格が低い。岐・美二神の神生みにおいて生れた木の神の名。



大山津見の神 (オオヤマツミ)

名義は「偉大な、山の神霊」。

原文「大山津見」とあり、「上」は声注で、これは「大山、津見」では なく、「大、山津見」であること表す。「大」は美称。「津」は連体助詞。「見」は「神霊」の意で、「精霊(ち)」よりも神格が高い。 岐・美二神の神生みにおいて生れた山の神の名。



鹿屋野比売の神 (カヤノヒメ)

名義は「屋根を葺く草の生えている野の女性」。

「鹿屋」は萱・茅・薄・菅などの総称で、屋根を葺いたりするのに用いられる。 その点で雑草も含む「草」一般と区別される。「鵜葺草葺不合の命(うがやふきあえず)」の「葺草」を「かや」と訓むのことの注があり、 「和名抄」にも「萱、和名、加夜」とある。野は平地ではなくて、山の裾の広い傾斜地をいう。岐・美二神の神生みにおいて生れた野の神の名。



野椎の神 (ノヅチ)

名義は「野の精霊」。

「野づ(連体助詞)霊」という構成。「椎」は「槌」に同じで「つち」の借訓に用いてある。 岐・美二神の神生みにおいて生れた山の神の名で、鹿屋野比売神の別名。







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