産女の礼物




産女とは、産死した女の霊が化した化物(妖怪・幽霊)の事をいいます。産女の下半身が血まみれであるとされるのも、 産褥に由来するものといえるでしょう。
産女の登場する話は沢山の種類がありますが多くは、晩方に道の畔(川の畔など)に現れ、通る人に赤子を抱いてくれと 頼むというものです。そしてその先の話は三種に分かれます。

第一は、名僧の法力によって母子の亡魂が救われるというもので、「和漢三才図会」「新編鎌倉志」などの産女塔の由来譚による と、昔この寺の第五世日棟上人が、ある夜妙本寺の祖師堂へ詣る道すがら、夷堂橋の脇から産女の幽霊が現れるのに出会った。 冥途の苦難を免れたいと乞うので回向すると、一包の金を捧げて消えたというものです。

第二は、抱いた赤子が次第に重く腕がぬけるほどになり、それに耐えると金銀をくれるというもので、上総山式郡大和村法光寺の 宝物「産の玉」の由来として説かれている話のごときものです。
昔、寺の日行という上人が、道の途中で女が憔悴した赤子を抱いているのに出会い、頼みに応じて抱き取ってやると、 重さは石のようで、冷たさは氷のようであった。上人はさわがずにお経をよんでいると、女はお陰で救われたと礼を言い、 礼物として安産の玉をくれたと伝えられています。

そして第三は、授かった礼物が金品ではなく大力(怪力)であるというものです。 島原半島に伝わる話の一つに、ある女が産女の子を預かって大力を授けられ、後代々の女の子にそれが 伝わったという例があります。


その他に今昔物語にも産女は登場します。

今昔物語より〜概容〜
美濃国のある川に、女の妖怪が出るとの噂があった。源頼光の郎党、卜部季武がある晩、その川の近くの宿で 仲間と賭けをする事になった。季武一人でその川を渡れれば自分達の武具を差し出すという。 季武は岸に着くと馬で川中に入って行く。そして向岸の木に証拠の矢を立てて、戻ろうと再び川へ入って行った。 川の中程まで来た時、産女が現れ、「これを抱け」と云うので、「良し」と、女から赤子を受け取る。 そしてそのまま赤子を抱いたまま川を渡り始めたが、今度は赤子を返せといって、女が追いかけて来た。しかしそのまま陸へ上がり、 仲間の待つ宿へ戻り、抱いていた赤子を見ると、木の葉が何枚かあるだけであった。

昔は産褥が非常な危険を伴ったため、産死者の霊が特に恐ろしい幽霊につながったと考えられ、その俗信は国外にも例があります。

産女は「姑獲鳥・うぶめどり」とも書き、姑獲鳥(うぶめどり)は、青白い炎に包まれて空を飛ぶ鳥の妖怪で、地上に降り産女に なるといわれています。また、姑獲鳥を「こかくちょう」と読むと、中国の別の妖怪の事を指します。

この「姑獲鳥」、中国では鳥の妖怪であり、日本でいう産女と同じ性格のものです。『本草綱目』の解説によると、 「別名を乳母鳥。その由来は、産婦が死んでこの鳥に変じ、よく人の子をとっておのれの子とするにあり、胸に双の乳がある。」 とあります。
子宝に恵まれなかったり、難産で死んだ者が、無念や苦痛の末、鳥の妖怪となって 夜な夜な飛び回り、赤子をさらっていくのです。

産死者の恐ろしい幽霊であると同時に、この幽霊の母子は大地母神特有の性格も兼ね備えているのでは ないかといわれています。
「神に選ばれた者がその試しを経て人並みはずれた能力を与えられる」というのはまさにその表象であるともいえます。
「神に選ばれた者にその試しを試み、人並みはずれた能力を与える」という行為は、巫女的な性格兼ね備えてると同時に、 山姥の登場する話にみられる「山の神」=「大地母神」的な性格を有しているともいえるのです。

「雪女」の話もこの産女の話に類似しており、どちらも試練に耐えて幸を授かるという点ではほぼ一致しています。

古事記ではイザナミですら 火の神・カグツチ を生んだ時に死んだとされています。やはり古来より産褥というものは特別なもので あったのでしょう。「穢れ」として忌むものでもあった「お産」ですが、生命を生み出すということはそれだけ 特別であり、大きな神秘でもあります。それだけに、恐ろしい幽霊でもある産女が幸を授ける一面を持っているというのも 頷けるような気がします。 産褥で死んだ幽霊。まさに生と死の境界に生まれたのが、この産女という妖怪なのではないでしょうか。




参考文献

「日本昔話事典」「別冊『国文学』第41号 昔話・伝説必須」
「今昔物語」
東金市 ホームページ〜TOGANE CITY〜